死画像 / 死の騒めき、生を宿す画

『Not Found』と『ほんとにあった! 呪いのビデオ』シリーズのスタッフが結集して製作された新たな心霊ビデオシリーズ(?、となるか否か)。テーマは大仰に、「死をもたらす可能性がある画像」=俗称、『死画像』をピックアップしているとのことだが、その画像自体は、本シリーズの末巻に収められているだけであり、全体的なテーマとは呼びにくい(一応、そういったイメージは偏在しているが)。しかし、どの短編もアイデアとガッツとセンスが溢れており、クオリティは充分。しかも統一感は然程感じられないのにも関わらず、これが何故か上手く統制されている。いずれも現実への侵食(逸話)が倒置されていて死をしっかりと暗示させる恐怖の質感が全体に張り巡らされているのことがその要因として大きいと思われるが、単なる筆者の錯覚でしかないかもしれない。形式はオムニバスで簡単なインタビュー映像と共に映像集は形成されています。最初に言っておくと非常に面白い作品なので、引き返して取り敢えず観て頂くことを推奨します。以下ネタバレ。


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①錯視霊

母校の中学校へ(勿論、廃校である)訪れた男2人組が、少し開かれた窓と、微かに聞こえる女性の声に誘われて、霊障の瞬間に立ち会うという筋書きで、アルコールを摂取しているという、そのおフザケ感と忘却の余地があるという(これが忘れられない出来事になるとは・・・)薄皮一枚の設定が良い。それが効果的には映らないのだけれど、酔っていることによって問題部分(霊障部分)に気づかないというのは、「引き返せた」選択が失われている点においては製作陣の勘の鋭さも感じさせる。そして、この美術室という舞台が学園内でも随一を誇る不気味な空間なのは間違いがないし(典型であることを踏まえ)、そこに乱雑に散在している絵画が「風景画」とかでは無く「自画像」である点にホラーのトラップが敷かれている。映像の目的自体は「死を暗示させる不気味な絵画」とそこに現れる女の子の発見で、絵画を漁りながら「元カノに似てるね」などと笑い話に和ませながら画面に映る「自画像」の得も言われぬ恐怖はなんなのだろう。そうして暗視の切り替えを経て、ズームを仕掛けていると、思いもよらぬ「ビール缶」の音が響き渡り、カメラマンが置き去りにされた所で現れる紙の様に薄っぺらい女性の霊は、角度/方向によっては目に見えず、ある角度/方向によっては目に映るというタイトルに掲げられた〈錯視霊〉なのでありますが、ここで考察されるのが「霊の見え方」なのであることに関して、凄い面白いことをやっていると今は思ってます。


 

②死の報告者

自主映画団体の打ち合わせ・読み合わせのメイキング撮影時に大学の一室と大学の近辺で起きた死の現場の瞬間の記録した不可解な投稿映像。助監督が主演俳優を迎えに行った矢先に、入れ替わって”突然”、登場する謎の男性の狂気と可笑しみに呆然としていると画面は亀裂を及ぼし、のっぺらとした顔に変貌しこちらに顔を向けるではないか。ここの目と目が合うという、このような事象自体がもうたまらなく私は好きなのですが(最近だと『闇動画13』の1話目が良かったです)、そのまま謎の男性を追いかけて、外の廊下に出ると何故か異質な空気感を漂わせるその錯覚も含め、この短編全体、全てが特異な状況で構成されていて尾を引かせる作り。どこからともなくやってくる謎の男性という配置、防犯カメラに映る(大学外の)霊の故意と呼べる事故現場、訳の分からない出元からの着信はそれに当てはまる要素のひとつひとつだが、あの生死の境界線を渡る瞬間に横一線で現れるトラックの暴力的な運動のインパクトに普通にやられてしまった。何者かの誘いによりそれが立て続けに起こるのだが、最後は霊と同化しつつ(運転手から彼の存在は気づかれなかい為の解釈)、人力で死が発生する一連も尾を引かせることに関しての重要事項。


 

③霊感テスト

廃墟の一室に遺された「霊感テスト」とタイトル欄に書かれたビデオテープに記録された映像を複製すると微妙にそこに映る被写体の顔の角度が変わるという、前後比較で立ち上がる恐怖映像の一篇。「長時間繰り返し見ることは禁物の映像です」という注意掛けの挿入も妙で、ノイズと音の煽りを絡ませてこれはぞくぞくが止まらなかったです。実質、その変わった部分自体は些細なあれこれなので別に特筆することはないのですが、そのぞくぞくしている間の体感時間は不思議なもので、何にも代え難い映像の反復でした。封印オチに「今もまだ遺っている禁物の映像」という後押しがなされ、ちょっともう見たくないものです。


 

④歌声

深夜一時に歌いながら通り過ぎていく男の存在を暴こうとする若い男2人組の投稿映像。携帯電話での撮影とビデオカメラでの撮影が行われた、2つの撮影・視点による「心霊ビデオ × スプリットスクリーン」ものです。二手に分かれて、別々の場所で霊障に襲われるのでは無くその距離を活かして、片方が襲撃される片方を捉えた映像でありますが、「後日スタッフがもう一つ不可解な点を発見する」という二段落ちをやってます。しかも画面を90度回転してそれが現れるという細工つきなので、1度流し見た視聴側への脇を突いてきて愉しませてくれるのが良い。


 

⑤貫通

マンションかアパートの一室で撮影された投稿映像。同棲中のカップルに忍び寄る霊の存在/気配が全身鏡に映り込み、そのまま部屋の電気が人知れず落ちては、赤外線モードに切り替えた瞬間に恋人の身体を貫通したかのような女の首が出現するという算段。これがうまくて笑えるのは、カメラが性的な視線の役割を担い、彼女の緩みきった胸部へ視線を注いでいる間にズームから引くと、ばったりその瞬間を捉えている所。実に憎いです。で、しかも、リューベン・オストルンドの『フレンチアルプスで起きたこと』(2015)を髣髴とさせる「危険と恐怖の切迫に、一目散にその場から逃げてしまう男性」を配置させては、恋人関係に罅を入れさせる暗い愉悦に浸れる愉快なシーンも混入させている所に関しては違うエリアからの恨み(怨念)があるのでは笑


 

⑥クニコ

帰省した同窓会で小耳に挟む「クニコ」の固有名詞と「クニコ」の死亡説に気がかりになった投稿者が、実家の倉庫に隠された(?)、もしくは閉まってあったダンボール箱からラベルに「くにコ」と書かれたビデオテープを発見する。そこからの投稿映像なのでありますが、これは物語の悲劇性を仄めかしつつ「VHS」という形式を意識して構築した〈アムモ98〉今年最大のドラッギーでアヴァンギャルドな実験作だと思われます。話の全容は不明瞭でかつ断片的なのだけれども、そこで紐解かれる「クニコ」との因果関係から推測するに、つまりは、そういうことなのだろう。その奇妙な一連の出来事はこれといった映像では何も語られない(インタビューで語られる)が、あの最後の乱れまくるノイジーなニュース映像(80年代~90年代)のメタフィクション性のある投入が全ての”死”を語っていて見事としか。可愛らしい「及川くに子」ちゃんの写真が時間経過と共に何故にあんなにも目を背けたくなる様な写真に見えるのか。映像(停止された写真/画像)が歪みから蠢くような肉体の感触を宿し、時には黒(ダーク)色に画面を落とし、笑顔の様相が”死”を嘲笑する表情にすら見えてしまう、あの静謐の夥しさに完全にその席から動けなくさせる力を持った垂れ流し(長回し)である。「アニメのビデオテープ」と偽装されたその中身は祟りか呪いか、そもそもこれは時代の流れと共に不良を起こしているのか否か、取り敢えずこれを視聴者にひとまず垂れ流す様な悪趣味な演出は早送りしたくなるタイム感なのですが、それすらも出来なくさせる(「停止したら…早送りしたら….巻き戻ししたら…何かが起きそう)」脅迫的な繋留の畏怖に鳥肌が止まりませんでした。3分位の実はこの映像の一部分、そのラストの垂れ流しシークエンスのみはYouTubeの公式アカウントにてアップロードされているのですけれど、それは観なくていいです。全体の流れとして絶対に観るべきですね。いやぁ….参りました。

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心霊 ~パンデミック~ フェイズ2 /君がある日僕を見なくなった日

『ほんとにあった!呪いのビデオ』のスタッフによる、新たな心霊ドキュメンタリーシリーズ。。前作から短い期間でリリースというのが好感。相変わらずジャケットが格好良い。これからも統一感も大切にして欲しいですね。では、何時もどおり、ネタバレしつつ走り書き。

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①「うちこむ」

『グラン・トリノ』のポスターが貼られ、スピーカーから流れるのは「千本桜」、「メランコリック」、食べる約束は「パンケーキ」、カルチャーが雑多な部屋で起こる怪奇現象を収めた一篇。二段ベッドから撮影者が降りてきて、対象の隣にカメラを位置づけてからの、振り向かせるまでの焦らしたランタイム、パソコンの「シャットダウン」に見るホワイトアウト→ブラックアウトという良い感じに計算された流れ。少女が画面の中に現れるという映像上の奥行も魅力で、「搬送中に母親の手を掴んで泣き叫んでいた」悲劇の端緒も余韻を残すが、やはりここでのキーは「見詰める」視線にあるのだろう。これは本作のメインとなる「みつめる」にそのまま接続されゆくのだから。


 

②「つる」

こちらは友人と渓流釣りをした時の映像で、その帰り道に友人の誘導で危険看板が立て掛けられた林の作業道を「近道」につかったことで起きる不可解な心霊現象(異界への近道だったのでは)。友人が撮影者を置いてけぼりに、先先行ってしまうのは、もう既に霊的な操作があるのか否か、とにかく、あの友人の軽率な対応は何だったんだ。あと「こりゃ駄目だ」的な撮影者の発言(一度カメラを地面に置く)とかも引っ掛かるし。夜も更けてすっかり、森林に迷ってしまった時の心理状態は、どうやら前作のラスト「ばける 後編」での徳丸の心理状態に似ていて、ひとたび躓くだけで、あれだけ「見えない何か」に怒りをぶつけてしまうものなのだな。そうして、完全に路頭に迷ったここからの連続的な霊障が非常にアグレッシブ。少し離れた位置にある木の幹から枝が生えたかのように登場する女性の霊、続いて接近した位置からまた同じように登場する木の幹からの男性の霊、慌てふためく撮影者が捉えた地面付近の震える手、一目散に林道に飛び出し、見渡しと確認、そしてトドメの両脇からの襲来。これは息つく暇無しである。霊の推測は幼少期に聞いた話である首吊り自殺をした夫婦というところで、タイトルの「つる」は「釣り」と「首吊り」のダブルミーニング、いや駄洒落でありました。


 

③「みつめる 前編」

アイドル・るみさんからの投稿映像(USB)。前作同様に構成上、③はメインパートが配置される。ここで、スタッフの登場になるのだが、前作の後日談で、車に轢かれた徳丸(男性スタッフ)が気になる所である。しかし、それ程、視聴者は気にも留めてないだろうということなのか、ギブスを嵌めている徳丸に対しては何も触れず。しかも、女性スタッフが変わっている、…というか増えてるのかコレは?。前作で華麗な平手打ちを魅せた豪傑の女性スタッフは何処へ行ったのだろう。別行動で遠くに取材している可能性も、少数精鋭だから特には無いだろうし、さすがにそれだと種を撒くだろうしなぁ。…(※1)。投稿映像の内容は、るみさんが歌う楽曲の録音風景を撮影したメイキング映像1と、るみさんがメンバー達とダンスレッスンを受けている様子を撮影したメイキング映像2の2つ。一つ目は、録音中に音源が乱れる、雑音が入る、モニターの映像が切れる、るみさんが倒れる、ブースに設置されたカメラにはるみさんを「みつめる」人影が現れるなど、怒涛の混乱の連鎖だが、至って地味。レコーディングスタジオは条件上、場所が分断されるので、良い舞台ではあるなー。二つ目は、レッスンスタジオの特性である鏡張りを活かした様だ。しかし、これもシンプル。ここで解るのは、恨めしそうにるみさんを「見る」人影は男性の姿であること、それが「ガンモ」というハンドルネームで知られる本名不明の初期からの古参ファンに似ているということ。しかし、彼には自殺した噂があるということだ。後編に「つづく」

(※1)前作と合わせて再見したのですが、前作に登場した高田かなえを演じた役者のようですね。しかし、同一人物としてでは無いですね。


 

④「もぐる」

水中撮影が可能な流行のアクションカメラで撮影された一篇。前回の「ドーナツセルフィー」といい、やはり本シリーズは、目の付け所が最先端で良い。海中のPOVはこれからジャンルムービーの未来を開拓していく可能性に満ち溢れているなー。音声の対処が問題という感じだけど、充分新鮮さがありました。霊障自体は、想定内でここで言うまででもない。引っ張られるという動作は水中だと5割増で怖い。


 

⑤「すみつく」

中学時代の友人とその部屋の撮影。宅飲みしながら他愛も無い話を交わしている投稿者達。カメラをテーブルに置いたと同時の衝撃で向きが変わり、画面は部屋の壁を映し出すと、そこに現れたのは、無数の手と顔。事故物件とかでは無いようだが、以降「人に見られている気配」を感じるようになったらしい。①と同じく、こちらも「見つめる/見られる」というイメージとして本作のメインに直結する。


 

⑥「めでる」

投稿者が彼女とアダルトショップとラブホテルを巡った時に撮影した映像。メイドのコスプレを要請し、目隠しプレイ、ハメ撮り。ホラービデオの箸休めによくある超安物AVだが、これは④と似て、ほぼ実体の霊が出現なので、純粋に気持ちが悪い。取り敢えず血染めであるとか、血を流しているとかはハッタリだと思ってるのだけれど、これは目隠しの状況と、ズームアウトと同時の振り向きが的確。


 

⑦「みつめる 後編」

本編の最終篇であり、③の後編。あれからスタッフが調査を重ねると、レコーディングスタジオやレッスンスタジオは現在問題が無いことが判明。更なる情報を得る為に、近隣住民に話を聞くが情報は得られず。一応、場所に由来しているのではという予測を立て、「ガンモ」とダイレクトメールでコンタクトを取るが返事は無し。しかし、他のユーザーにコンタクトを取って聞いてみるとやはり噂通り自殺していたことは確定。ついでにガンモの住んでいたアパートへ行ったことがあるユーザーと連絡が取れ、スタッフはガンモが自殺を行ったアパートへ赴くことに。ここでのシンクの怪しさが良い。ちなみに管理人の話によると、ガンモの両親は自殺した遺体を引き取らなかったという。悲しいアイドルオタクの末路である。遺品整理をしているので、手がかりは何も無かった。その日の夜、マネージャーからの電話があり急転。るみさんが突如姿を消したという。急いでスタッフはマネージャーと合流し、るみさんを手当たり次第に捜索する。ここで冷静沈着に一端整理する徳丸の仕事振り。絶叫が聞こえた方向にるみさんを1番に発見するのも徳丸だ。「これは徳丸回だ!」と思った矢先、理性を失ったるみさんに上段蹴りを食らう徳丸。骨折している徳丸にはこれは痛い!酷い!無事るみさんの救出には成功するが、徳丸が可哀想でめちゃくちゃ笑いました。前作の経験からして、ここからの後日談こそ、『心霊~パンデミック~』の真骨頂で、どんなビックリ玉手箱を用意しているのかという所に期待を寄せてしまう。期待通りマネージャーは、捜索時(?)にるみさんの部屋にあったスマホに残された自撮り映像を発見していたのだという。内容はアイドルの部屋紹介というファンに向けて作られる、よくある映像である。寝る前にやることなどとプライベートな一面が垣間見れる映像だ。るみさんはストレッチに励み、カメラはるみさんを捉えている。ここで前屈と同時に⑤のように「壁」に現れる「ガンモ」の霊。壁からまたるみさんを「みつめている」訳だが、静かな空間に不可解な物音が突然聞こえ、ゆっくりと、また静かにるみさんがまるで「シャットダウン」するかのように消えていくのである。上から下に、明らかに可笑しく。理性が無くなっていた理由はここで何となく推し量れるが、ここで全てが終了。非常に意表を突く奇妙な前後篇であった。


 

前作とはまた違ったアプローチで攻めたフェイズ2。ちょっとこればかりは、どう転がっていくのかまったく予想が付かなくなってきた。1と2を合わせた脈絡の無い点が、一本の線になるかは不明だし、スタッフがこれからどういう動きを見せるのか少しも解らない。期待と不安を寄せつつ、これからも続編を待ちたい。欲を言えば、年内にあと一本見たいところ。


 

2016年1月某日再見。

『心霊~パンデミック~』の面白さを再見して要約掴んだ気がする。

リプレイをせずに、この配置とカットイン。鳥肌モノでしょう。

 

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つまりは、

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ということなのですが、このシリーズ、リプレイをするか/しないか(答え合わせをするか/しないか)という心霊動画の命題に真摯に向き合っているのですよ。その意匠に惚れました。

心霊~パンデミック~ / 早く私を見つけてよ

『ほんとにあった!呪いのビデオ』のスタッフによる、新たな心霊ドキュメンタリーシリーズ。『心霊玉手匣』でお馴染みの「アムモ98」からの登場です。

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見てくださいよ、この格好良いジャケット。良いですねえ、好きですねえ。扉の先には異界/霊界が…なんて言いたそうな、気合いの入ったパッケージ。「身近な映像に潜む怪奇現象」を集めたのがひとつの味噌な気もしますが、まさにこちらの日常/世界へと扉をこじ開けてきそうな画力。では、実際その中身はどうだったのか。何時もどおりにネタバレしつつ筆を進めます。


 

『心霊~パンデミック~』は、主に7つの映像で形成されています。それらひとつひとつがパズルの断片になり、最終的にひとつのパズルが完成する様な、今ではもう既に「遅い」「古い」といっても過言では無い手法で、映像郡が成り立ちます。とは言い条、「LINE」による乗っ取りや拡散、「Twitter」による画像投稿等、それら「SNS」に関連したものがひとつのヒントになっているというところでは、確かにモダンテイストでありました。投稿映像自体はどれも短いものなのでサクッと。


 

①「なげこむ」

ある夫婦の家に度々投げ込まれる、四肢がへし折られ、髪はボサボサの奇妙な人形(多分、リカちゃん人形)。悪質な嫌がらせに痺れを切らした夫婦は犯人をとっ捕まえようとカメラを準備し、犯人がくるのを待ちます。投げ込まれる物音、カーテンの開閉、犯人を追うという流れから、遂に犯人の姿をカメラで捉える訳ですが、こちらを振り向いた犯人の顔は、見る見る内に斑点の様なものを浮かばせて、まるで犯人は自我を持っていない表情をみせるのであります。この映像は、「全てが謎のまま」で終わり、続編以降で回収されるのかも、未だ分からない状態でした。


 

②「めぐる」

墓地を巡って、墓地を背景に自撮り映像を撮影する若者。ぐるーっと見渡して遊んでいると、彼の肩口付近にそれは現れます。じーっとこちらを見詰める死霊。それを収めた彼はその日を境に不慮の死を遂げ、この世を去ります。この映像も①同様「謎のまま」でした。しかし、ここでの演出開発は「ドーナツセルフィー」でしょう。持続的な演出は無理だろうと思いますが、 「瞬間移動」の編集をいとも簡単に行えるのは面白い。アイテムによっては広範囲の撮影を行える自撮りと組み合わせていくと、確かな可能性があるような気がします。


 

③「ばける 前編」

テンカウントから始まる、半世紀前位古い投稿映像。ノイズの粒子で乱れまくって、「恐らく」という予想しか付かない映像です。其処に映るのは「恐らく」かくれんぼをしている少女達で、その後を追うように「恐らく」白い服を着た老婆の様な人物が現れます。映像終了と共にここで要約、スタッフと投稿者・高田かなえ(以下、高田)の登場シーン(インタビューシーン)。物語の本筋が始まります。この動画は、「LINE」の乗っ取り被害を受けた高田のアカウントから、拡散されたものであるらしく、映像の内容については、人物も場所も見覚えが無いらしい。その場で一時、投稿者である高田とは解散となりますが、以後、動画について検索をかけようとも、まるで情報が無く、進展も手がかりも無し。しまいには、高田と音信不通になる始末。なすすべなく投稿元の住所を辿り、高田の家宅調査に。高田の母親によると、夜が明けても全然彼女は帰宅せず、スタッフら同様に音信不通であるそう。高田の友人に何処へ行ったかを聞いても、分からない模様。仕方なく、次は友人に聞き込みに。友人によると、高田は「幼少期」のことを話したがらないらしい。そして、高田の「Twitter」のアカウントから、不可解な画像をツイートしているのを発見したそう。目元から血を流した少女の写真。ここでツイートの「位置情報」から、高田を追い掛けるという、ナイスな仕事振りを見せるスタッフ。なんだろう、現代の探偵っぽいな。


 

④「でかける」

ここでまた、本筋からは一旦離れた模様。遊園地での仲睦まじいカップルの投稿映像。帰宅しようと駐車した車内を覗くと、そこに映ったのはカメラを覗く血塗れの男。これが実体を帯びていて、一番鳥肌でありました。その後の帰宅途中、カップルは交通事故にあったそうで、そのことと関連する暗示でもあったのだろうか。


 

⑤「あばきたてる」

旅行先の旅館の近くにあった廃墟に遊び半分で訪れた投稿者と友人。そこに残された遺品(椅子やピアノ)で遊んでは、ふざけて奥に進んでいると、ビニールシートの様なもので隔てられた道を発見する。掻い潜って更に奥へ進むと、廊下がひろがり、投稿者の後ろからは、空席の椅子が出現。そして突然、こちらに向かって少女の霊が登場するという。その辺りには点在している村があり、少女の霊が徘徊している噂があるらしい。いずれにせよ、「少女」と「霊」のミックスはやはり怖いことを知らしめる一篇。


 

⑥「おちる」

旅行帰りに緑の光る物体を捉えた投稿映像。J-ホラーとはかけ離れたSF的な不穏さが。謎の物体が落下したであろう森林へ入っていくと、突然走り出す友人。後を追って駆けつけると、友人の耳からは出血というシンプルにグロい映像。①、②、④、⑤同様に、本筋とは掛け離れている映像のひとつ。霊障も無いですし。ただ、後々、思い返すと⑤と⑥は、「少女」と「村/森林」がのちに関係している気もしますが。この緑の光る物体が、シリーズに影響すると面白いかもしれない。


 

⑦「ばける 後編」

本編の最終篇であり、③の後編。「位置情報」から、投稿者/依頼人である高田の元へとスタッフが出動。たどり着いたのは、田舎の農村で、「神隠しの山」が見える村でありました。住民達に高田の写真を見せながら聞き込み調査を重ねると、「山の中にある小屋で自殺者が出た」ということや、「昔行方不明になった子供がいる」ことや、「神隠しの山」というのも、昔は「姥捨て山」だったことが分かります。③と照らし合わすと、”かくれんぼ”の際中に、「神隠し」にあった「子供/少女」が居ることや、「姥捨て山」に捨てられた老婆の霊であることが、老婆の出現につながったのでは無いかと、密接にリンクしていくのでありました。そして、調査も深まる中、「位置情報」や、投稿された「画像」を教えていた高田の母親から連絡が。母親の証言によるとその「位置」は、昔家族で住んでいたという場所であり、投稿された画像(写真)に映る少女は、高田の幼少期に似ているらしいのである。行方不明になった子も、実は高田の友達なのかもしれないという。さて、真相や如何に。という所で、位置情報が示した廃墟へ突入。ここで、二手に別れるスタッフ達。ヘッドカメラと手持ちに分断されます。ここでの編集がヘッドカメラの映像と手持ちの映像とで交互に切り替わる為、緊張感はぶつぎりという感じで、ちょっと勿体無いなという気持ち。難なく、高田を発見するのも肩透かしで。ただ、ここでの男性スタッフのビビり振りが素晴らしく(着信音の場面が秀逸)、なくなく労働する感じも好感で、女性スタッフも発狂する高田の目を醒まさせるべく繰り出す平手打ちの華麗さに笑いましたね。腰抜け(男)と豪傑(女)のコンビで頑張ってもらいたい。という訳で、無事高田を救出したスタッフ達。母親にも笑顔が戻り、一件落着。憶測だが、今回の一連は、「幼少期に行方不明になっていた高田の友達」の強い気持ちが引き起こしたのではないだろうかということでありました。しかしここがある種お膳立てなのですよねー。スタッフの徳丸が車に轢かれたという電話、事務所に現れる霊(リプレイ無しというスマートさ)、実はあの駐車場に!などなど、畳み掛ける霊障と伏線回収こそが、最後の絡繰で。結局、トゥ・ビー・コンティニュードな訳でありますが、ラストは気持ちが良かった。痺れた。


 

総括としては、良くも悪くも堅実な作りと語りかなぁという感じで、リプレイ~ズームの手順、全体的な手法から見て、『心霊玉手匣』の二番煎じになる気配がどうしてもある。抑、低予算だからといっても、事務所の場所は変えて欲しかった。そこに手を抜かないだけで、こちらの心持ちは変わるのに。あれだとどうしても『心霊玉手匣』が頭から離れない。それが狙いで、クルーが結集!、シリーズが合体して映画化!なんて夢の話はないでしょうし。とはいえ、やはりラストはかなりグッときたので、あのスマートさは常に、取り敢えずは続編で、独自性を打ち出して欲しいところであります。

ほんとうに映した!妖怪カメラ / 努力はやらせも含まれる

「監死カメラ」シリーズのスタッフが挑む新コンセプト・ホラー・ドキュメント第1弾。ノンフィクション宣言を高らかに、見事な虚実皮膜の物語。この度、レンタルして鑑賞して参りました。以下、午睡気分で乱雑にもネタバレしつつ筆を進めます。

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『監視カメラ11・12』(こちらは未見)にて、幽霊と異なるものを撮影したスタッフたちが、『妖怪カメラ』と題して製作を開始。プロローグは先ず、本作のナビゲーターを務める「平成のつげ義春」と呼ばれる、いましろたかし(以下、いましろ)の紹介である。日本の行く末を暗示する社会派漫画家であるいましろの厭世的な生活を撮したドキュメンタリー作品「ぼく、おとなですから」の映像を元にしているとのことだが、ブラウンジングしても情報が全然出てこないことから、もう既に嘘の仕掛けなのだろう。今回の企画に対していましろは大して乗り気で無く、飽くまでも「金」の為に、参加します。おとなになると大変なんです。


 

①(第一匹)「河童」

記念すべき一匹目の妖怪は「河童」。信憑性の無い情報を元に、目的地の丹沢へ、検証・撮影へ向かいます。道中の車内では、この手の映像記録には珍しきモザイク無しのカーナビ。良い虚実の道具。立ち寄ったサービスエリアでは、いましろの「妖怪」に対する意識、思想等を明らかにさせるのですが、「妖怪」とはお話の中に存在する「概念」であり、何かの「例え」であるのだと語る。如何に「妖怪」の存在を信じていない人物であるかを明示した所で、いざ目的地に到着。しかし、河童は一向に姿は現さず、存在しているという微かな証拠さえも見当たらない。河童のウンコかと思いきや鹿のウンコだし、河童の足跡かと思いきや鹿の足跡であるし、このままではゴールデンウィークのバケーションに成り下がってしまう境地に立たされる一行。河童の好物として知られるキュウリで河童を誘い出す作戦にも出ますが、諦念が漂い始め、もう「それっぽい画」が撮れればいいんじゃない?ということで、河童捏造案、所謂「やらせ」の撮影をいましろが提案。いましろが河童に変装し、それを演出込みで撮影するというものでした。同行者である寺内監督は、一応あちらこちらにキュウリを仕掛けて、希望を捨てずにいるという泣き所。そうして、一行は変装道具の買い出しに。復路では視聴者の心を掴む為に食事シーンを撮影しようといましろが提案。この休息、下手な食レポは以降、お馴染みのシーンになる。

取り敢えず河童に変装したものの、明らかに拙いコスプレで、「やらせ」描写を濃くしていく手際。それでも、せめてもの努力でいましろをどうにか河童として見せようと練習を重ね夜を待ちます。感覚が麻痺した頃に、いざ撮影を始める一行。だが、思わぬ形で、捨てなかった希望、努力が報われる瞬間に立ち会ってしまう訳です。キュウリに誘われるいましろが、隣を見て硬直する姿をカメラが捉えた所で、カメラマンは覚束無い手つきでズームを繰り返し、監督は慌てた様子で引くことを指令、急いでカメラを引いてみると、そこにはいましろより一回り大きい異形の生物が降臨しているでは無いですか。着ぐるみっちゃ着ぐるみなのだけれど、「やらせ」という布石が奏功したのか、ちょっと面白い絵面になってるんですよね。カメラに映ったあの河童の存在が証明される証拠として、後で調べてみると、キュウリも全部無くなっていたという、後始末。果たして、努力は無駄では無かったのだろうか。


 

②(第二匹)「蛇女」

「河童」に続き、妖怪界隈では有名な「蛇女」が次の標的。「蛇女茶」の販売のチラシを見た監督が、これを販売している「蛇田さん」に取材しようというもの。ジャスミンティーっぽい味がする、何処からどう見ても小便の様な色をした「蛇女茶」とはそもそもどうやってできているのかを合わせて解明していきます。蛇田さんに話を聞くと、彼女は蛇人間の血筋であり、田舎の農村の両親に仕送りを送る為に東京に出稼ぎに来ているらしいそうで、ここで重要なのが「妖怪が普通に暮らしている」という事実こそが重要で、オープニングで唱えた「妖怪は常に我々のそばにいる」というメッセージがここで強調されるようになっている。しかし、彼女が実際に「妖怪」であるかは、証拠が無いと立証されない訳なので、証拠の提示を監督は求めます。横で退屈そうに話を聞くいましろという絵面がこれまたシュール。「蛇女」の特性として、耳が悪い、目と鼻腔の間で温度が感じられるというものがあり、実際に目隠しを行い、人間の体温を感知してもらい、誰がどこにいるのかを当てる検証を行う訳ですが、それでも決定的証拠とは言い難いので、監督は「もっと、もっと」と欲しがる。脱皮した皮を見せようとも、まだ信じられない。見兼ねた蛇田さんは遂に「蛇女茶」のつくり方をみせてくれます。これがめちゃくちゃ簡単で、笑った。湯船に水を浮かべ、自分自身が出汁のもととなり、そこに浸かっているだけで、完成するという。ここで蛇田さんの脱衣シーンがあって、衣服の下も、人間同然の姿をしていることが分かります。単なるエロシーンでは無いです。だけれども、いましろが「蛇女茶」を飲む際に引っ掛かっていた「粒子」を思い出すと、ちょっと気持ちが悪くなりますね。しかも、紙コップに掬った「蛇女茶」は、検尿後のソレにしか見えなくて、美味しくても噎せ返る彼等の行動が可笑しかった。こうした微かな証拠が撮れました!というだけで、映像は終わるのですが、流石にこれは売り物になりませんよと有馬プロデューサーに一蹴されて、それにはさすがに堪える一同。しかし、とっておきの秘策、最終兵器としての映像を提出。これがまたCG編集を施した「やらせ」の映像なのだ。これはこれで凄いが、「嘘」にかわりはない。頑張ろうが嘘では意味が無い。では「この分のギャラは?、頑張りましたし」といましろが泣く泣く質問。でも「頑張りだけではお金にならないからね」と、また一蹴。この業界は努力も虚しいものなのです。


 

③(第三匹)「化け猫」

②で駄目だった「妖怪」から一度離れ、標的を「幽霊」に変えた一篇。いましろの知り合いによる幽霊の目撃情報を経て、一行は所沢にある関東屈指の心霊スポットへ赴きます。道中では通算三度目の食レポへ。その際、今度は「幽霊」に対してどう思っているのかをいましろに監督が尋ねてみると「幽霊」も「妖怪」と同じ様に、どうせ存在しないものだと語る。心の中に存在するならまだしも、目では見えないと。しかし、それはあっさりと現れてしまう。茂みの中、闇の中に出現した幽霊の顔。恐らく自殺者の霊であると。しかし、ここではそれがまだ②同様に「やらせ」の編集を施した映像かがまだ分からない。リアクションをしていないことから、「怪しい」と視聴者に思われることを恐れた監督は、リアクションをいましろに求め、再度撮り直しを行います。ここは間違い無く演出の「やらせ」で間違いなく、何度かリアクションと液晶のアップのタイミング等を調整し、「それっぽい画」をまた撮っていきます。リテイクの合間、何時しか何故か幽霊の顔が居なくなるのですが、これに驚かない辺りはちょっと滑稽で、同時に虚実が曖昧に。一応予定より早く、無事に「幽霊」の撮影には成功したので、最後はついでに「オープニング」の撮影に。台本を事前に渡していなかった為に、いましろはここでも失敗を繰り返し、リテイクを重ねる。全てが油断している状態、緩みきった空間と時間の中、それはまた突然に現れる。誰もが待ち望んだいましろの真の「リアクション」=「悲鳴」と共に、いましろを闇の中から追いかけてきたのは全長6メートルに及ぶ、「化け猫」であるという。ここでの「悲鳴」による一瞬の膠着と怯みに生まれた隙に、全てを覆す威力を持って迫ってくる化け猫のダイナミックな動き、カメラに衝突するというインパクトが非常に素晴らしい。

(再見追記)12月某日鑑賞(いつ見たか忘れました)

昨今、蔓延する「ホラーDVD」への向き合い方は、嘘であることを前提に鑑賞する節があると思うのだけれど、『妖怪カメラ』は「リアクション」という反応(演技)次第で、受け手の虚実の判断を揺さぶることが可能なことを知っていて、それを把握した上で撮影された③の曖昧性は非常に貴重だと思う。


 

〇総括

「やらせ」で作られた「心霊ビデオ」然り、この未確認生物/妖怪を収めた映像記録然り、こういった嘘のビデオの製作過程を撮影しているというメタ的な構造でありながら、撮影中に本当にそれらを映してしまうという構成が今回は大きな魅力であり、純粋に「いましろたかし」のドキュメンタリーとしても勝負している。つまり、キャラクターありきの作品としても充分に戦っていけるシリーズになりえると思う訳です。あれだけ「妖怪」の存在にさめていたいましろも、「妖怪」に興味を示し始めたそうですし、続編は「もっと、もっと」と妖怪が存在する我々の世界に踏み込んで欲しいと思う。

(再見追記)12月某日鑑賞(いつ見たか忘れました)

前述では言及してないのだけれど(書くのを忘れていた)、本作は①で「努力の肯定」を描きながら、②では「それが予め報われる/結実するということは約束されなていない」残酷を描いている。では③はというと、②→③へ移行する際の彼等への心のダメージがそのまま反映された「適当な努力」(努力への適当)が如実に現れている。ここではひとまず「努力」=「やらせ」に導いておこう。つまり、本作が突き詰めるのは「やらせの肯定」と「やらせの不結実」、そして「適当なやらせ」という、努力=やらせの両面とその狭間の態度が、どう作用するかということであろう。本編はそうしたリアリズムな志向に満ち溢れている。

その努力=やらせの結果、何を捉えてしまうのか。それが醍醐味であり、いつか、本当のそれが、カメラの前に現れることを信じる「投稿系ホラーDVD」全体への返答にも思える秀作なのでは無いだろうか。