ほんとうに映した!妖怪カメラ / 努力はやらせも含まれる

「監死カメラ」シリーズのスタッフが挑む新コンセプト・ホラー・ドキュメント第1弾。ノンフィクション宣言を高らかに、見事な虚実皮膜の物語。この度、レンタルして鑑賞して参りました。以下、午睡気分で乱雑にもネタバレしつつ筆を進めます。

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『監視カメラ11・12』(こちらは未見)にて、幽霊と異なるものを撮影したスタッフたちが、『妖怪カメラ』と題して製作を開始。プロローグは先ず、本作のナビゲーターを務める「平成のつげ義春」と呼ばれる、いましろたかし(以下、いましろ)の紹介である。日本の行く末を暗示する社会派漫画家であるいましろの厭世的な生活を撮したドキュメンタリー作品「ぼく、おとなですから」の映像を元にしているとのことだが、ブラウンジングしても情報が全然出てこないことから、もう既に嘘の仕掛けなのだろう。今回の企画に対していましろは大して乗り気で無く、飽くまでも「金」の為に、参加します。おとなになると大変なんです。


 

①(第一匹)「河童」

記念すべき一匹目の妖怪は「河童」。信憑性の無い情報を元に、目的地の丹沢へ、検証・撮影へ向かいます。道中の車内では、この手の映像記録には珍しきモザイク無しのカーナビ。良い虚実の道具。立ち寄ったサービスエリアでは、いましろの「妖怪」に対する意識、思想等を明らかにさせるのですが、「妖怪」とはお話の中に存在する「概念」であり、何かの「例え」であるのだと語る。如何に「妖怪」の存在を信じていない人物であるかを明示した所で、いざ目的地に到着。しかし、河童は一向に姿は現さず、存在しているという微かな証拠さえも見当たらない。河童のウンコかと思いきや鹿のウンコだし、河童の足跡かと思いきや鹿の足跡であるし、このままではゴールデンウィークのバケーションに成り下がってしまう境地に立たされる一行。河童の好物として知られるキュウリで河童を誘い出す作戦にも出ますが、諦念が漂い始め、もう「それっぽい画」が撮れればいいんじゃない?ということで、河童捏造案、所謂「やらせ」の撮影をいましろが提案。いましろが河童に変装し、それを演出込みで撮影するというものでした。同行者である寺内監督は、一応あちらこちらにキュウリを仕掛けて、希望を捨てずにいるという泣き所。そうして、一行は変装道具の買い出しに。復路では視聴者の心を掴む為に食事シーンを撮影しようといましろが提案。この休息、下手な食レポは以降、お馴染みのシーンになる。

取り敢えず河童に変装したものの、明らかに拙いコスプレで、「やらせ」描写を濃くしていく手際。それでも、せめてもの努力でいましろをどうにか河童として見せようと練習を重ね夜を待ちます。感覚が麻痺した頃に、いざ撮影を始める一行。だが、思わぬ形で、捨てなかった希望、努力が報われる瞬間に立ち会ってしまう訳です。キュウリに誘われるいましろが、隣を見て硬直する姿をカメラが捉えた所で、カメラマンは覚束無い手つきでズームを繰り返し、監督は慌てた様子で引くことを指令、急いでカメラを引いてみると、そこにはいましろより一回り大きい異形の生物が降臨しているでは無いですか。着ぐるみっちゃ着ぐるみなのだけれど、「やらせ」という布石が奏功したのか、ちょっと面白い絵面になってるんですよね。カメラに映ったあの河童の存在が証明される証拠として、後で調べてみると、キュウリも全部無くなっていたという、後始末。果たして、努力は無駄では無かったのだろうか。


 

②(第二匹)「蛇女」

「河童」に続き、妖怪界隈では有名な「蛇女」が次の標的。「蛇女茶」の販売のチラシを見た監督が、これを販売している「蛇田さん」に取材しようというもの。ジャスミンティーっぽい味がする、何処からどう見ても小便の様な色をした「蛇女茶」とはそもそもどうやってできているのかを合わせて解明していきます。蛇田さんに話を聞くと、彼女は蛇人間の血筋であり、田舎の農村の両親に仕送りを送る為に東京に出稼ぎに来ているらしいそうで、ここで重要なのが「妖怪が普通に暮らしている」という事実こそが重要で、オープニングで唱えた「妖怪は常に我々のそばにいる」というメッセージがここで強調されるようになっている。しかし、彼女が実際に「妖怪」であるかは、証拠が無いと立証されない訳なので、証拠の提示を監督は求めます。横で退屈そうに話を聞くいましろという絵面がこれまたシュール。「蛇女」の特性として、耳が悪い、目と鼻腔の間で温度が感じられるというものがあり、実際に目隠しを行い、人間の体温を感知してもらい、誰がどこにいるのかを当てる検証を行う訳ですが、それでも決定的証拠とは言い難いので、監督は「もっと、もっと」と欲しがる。脱皮した皮を見せようとも、まだ信じられない。見兼ねた蛇田さんは遂に「蛇女茶」のつくり方をみせてくれます。これがめちゃくちゃ簡単で、笑った。湯船に水を浮かべ、自分自身が出汁のもととなり、そこに浸かっているだけで、完成するという。ここで蛇田さんの脱衣シーンがあって、衣服の下も、人間同然の姿をしていることが分かります。単なるエロシーンでは無いです。だけれども、いましろが「蛇女茶」を飲む際に引っ掛かっていた「粒子」を思い出すと、ちょっと気持ちが悪くなりますね。しかも、紙コップに掬った「蛇女茶」は、検尿後のソレにしか見えなくて、美味しくても噎せ返る彼等の行動が可笑しかった。こうした微かな証拠が撮れました!というだけで、映像は終わるのですが、流石にこれは売り物になりませんよと有馬プロデューサーに一蹴されて、それにはさすがに堪える一同。しかし、とっておきの秘策、最終兵器としての映像を提出。これがまたCG編集を施した「やらせ」の映像なのだ。これはこれで凄いが、「嘘」にかわりはない。頑張ろうが嘘では意味が無い。では「この分のギャラは?、頑張りましたし」といましろが泣く泣く質問。でも「頑張りだけではお金にならないからね」と、また一蹴。この業界は努力も虚しいものなのです。


 

③(第三匹)「化け猫」

②で駄目だった「妖怪」から一度離れ、標的を「幽霊」に変えた一篇。いましろの知り合いによる幽霊の目撃情報を経て、一行は所沢にある関東屈指の心霊スポットへ赴きます。道中では通算三度目の食レポへ。その際、今度は「幽霊」に対してどう思っているのかをいましろに監督が尋ねてみると「幽霊」も「妖怪」と同じ様に、どうせ存在しないものだと語る。心の中に存在するならまだしも、目では見えないと。しかし、それはあっさりと現れてしまう。茂みの中、闇の中に出現した幽霊の顔。恐らく自殺者の霊であると。しかし、ここではそれがまだ②同様に「やらせ」の編集を施した映像かがまだ分からない。リアクションをしていないことから、「怪しい」と視聴者に思われることを恐れた監督は、リアクションをいましろに求め、再度撮り直しを行います。ここは間違い無く演出の「やらせ」で間違いなく、何度かリアクションと液晶のアップのタイミング等を調整し、「それっぽい画」をまた撮っていきます。リテイクの合間、何時しか何故か幽霊の顔が居なくなるのですが、これに驚かない辺りはちょっと滑稽で、同時に虚実が曖昧に。一応予定より早く、無事に「幽霊」の撮影には成功したので、最後はついでに「オープニング」の撮影に。台本を事前に渡していなかった為に、いましろはここでも失敗を繰り返し、リテイクを重ねる。全てが油断している状態、緩みきった空間と時間の中、それはまた突然に現れる。誰もが待ち望んだいましろの真の「リアクション」=「悲鳴」と共に、いましろを闇の中から追いかけてきたのは全長6メートルに及ぶ、「化け猫」であるという。ここでの「悲鳴」による一瞬の膠着と怯みに生まれた隙に、全てを覆す威力を持って迫ってくる化け猫のダイナミックな動き、カメラに衝突するというインパクトが非常に素晴らしい。

(再見追記)12月某日鑑賞(いつ見たか忘れました)

昨今、蔓延する「ホラーDVD」への向き合い方は、嘘であることを前提に鑑賞する節があると思うのだけれど、『妖怪カメラ』は「リアクション」という反応(演技)次第で、受け手の虚実の判断を揺さぶることが可能なことを知っていて、それを把握した上で撮影された③の曖昧性は非常に貴重だと思う。


 

〇総括

「やらせ」で作られた「心霊ビデオ」然り、この未確認生物/妖怪を収めた映像記録然り、こういった嘘のビデオの製作過程を撮影しているというメタ的な構造でありながら、撮影中に本当にそれらを映してしまうという構成が今回は大きな魅力であり、純粋に「いましろたかし」のドキュメンタリーとしても勝負している。つまり、キャラクターありきの作品としても充分に戦っていけるシリーズになりえると思う訳です。あれだけ「妖怪」の存在にさめていたいましろも、「妖怪」に興味を示し始めたそうですし、続編は「もっと、もっと」と妖怪が存在する我々の世界に踏み込んで欲しいと思う。

(再見追記)12月某日鑑賞(いつ見たか忘れました)

前述では言及してないのだけれど(書くのを忘れていた)、本作は①で「努力の肯定」を描きながら、②では「それが予め報われる/結実するということは約束されなていない」残酷を描いている。では③はというと、②→③へ移行する際の彼等への心のダメージがそのまま反映された「適当な努力」(努力への適当)が如実に現れている。ここではひとまず「努力」=「やらせ」に導いておこう。つまり、本作が突き詰めるのは「やらせの肯定」と「やらせの不結実」、そして「適当なやらせ」という、努力=やらせの両面とその狭間の態度が、どう作用するかということであろう。本編はそうしたリアリズムな志向に満ち溢れている。

その努力=やらせの結果、何を捉えてしまうのか。それが醍醐味であり、いつか、本当のそれが、カメラの前に現れることを信じる「投稿系ホラーDVD」全体への返答にも思える秀作なのでは無いだろうか。

 

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